インド旅行記〜⑧
こんにちは!
松山市のヨガスタジオ ルクルク
インド滞在中の続木彩瀬です^^
今日もインドは晴れ!
到着してから早3週間が経ちました。
乾季なので一度も雨は降っていません。
リシケシ滞在も残り1週間となっています・・・
まだこの場所にいながら離れることを考えると寂しい!
それくらいこの土地に思い入れができました。
リシケシに到着したばかりの時
この地で過ごした後、私はこの場所に戻って来たいと思うのだろうか?
という自分への問いかけは、
滞在して2週間くらい経った頃には「必ず戻ってくる場所」へと変わっていました^^
残りの1週間、しっかりヨガの練習をし、この場所で感じられることを存分に吸収していきたいと思います。
皆さんからもブログやインスタ楽しみに見てます^^
というメッセージを頂いたので、ブログ更新も頑張っていきますね♩
真っ暗なガンガーで
先日は朝5時に出発しガンジス川沿いで瞑想して来ました。
(朝5時パターン多い、笑)
まだみんなが眠る暗い中、インド人のお友達とホテルからすぐ近くのガンジス川沿いへ。
朝は気温も低く、かなり風が強いのです。
防寒しストールを巻いて階段に座りました。
インドの瞑想アイテムの一つに「マーラ」という108個の数珠が繋がったものがあります。
108回のマントラを唱えることに集中する瞑想方法の一つで、
「ジャパ瞑想」と言います。
この時声は出さず心の中だけで唱えます。
私はマーラを手に瞑想をスタートさせました。
すると隣のお友達が声に出してマントラを唱え始めました。
聞こえてくるマントラがなんとも気持ちいい。
私もマントラを心の中でスタートさせていましたが
「いやこれ・・・もうこっちやろ」笑
自分のマントラを唱えるのをストップして本物のインド人の発音をもつお友達から聞こえてくるマントラを「聴く」ことに集中しました。
30分位だったかな?
ガンジス川沿いで瞑想をし、夜が明け変わっていく景色を堪能しながら1日がスタートしました。
6時位になり段々と人が動き始めました。
チャイを飲んで犬や牛におやつをあげていつものヨガシャラへ練習に向かったのでした。
素晴らしい1日のスタートとなりました。
ちなみにインドではチャイを素焼きのカップで頂きます。
(紙のところもあるけど)
素焼きカップでチャイを飲んだあとはそのままポイッとその辺に捨てちゃいます。
もちろんコンクリートではなく土の場所へ。
そのまま土に還っていくので問題なし!
この世界は「循環」しています。
その循環をダイレクトに目にするのがインドです。
日本は整備が整っているので捨てたゴミがどこへいくのか分からないですよね。
祈りの首都インド
さて、また。この日は4時半に家を出ました。
今回の目的の一つでもあったSwami Dayananda Ashram
というアシュラム(お寺のようなところ)へ向かいました。
こちらのアシュラムは先日WSを開催した谷戸先生や
徳島でお世話になっているDoni先生が滞在してVEDAの学びを深めている場所です。
リシケシに行くなら是非行って見ておいで!ということでやっと行けることができました。
5:30からプージャ(祈りの儀式)が始まると聞いて5時前にアシュラムに到着しました。
真っ暗な敷地内には1人、2人、と少ない人が。
その人たちに聞くとプージャが始まるのは6時とのこと。
座ったり、チャイを飲んだりして待ちました。
その際にガンジス川沿いに出て、寒く真っ暗なガンジス川で沐浴する方を見学。
私は足を少し浸からせました。
暗闇と激しい風が吹く中冷たい川に入っていく人たち・・・
本当に尊敬します。
そうこうしていると6時になりプージャが始まりました。
神様の前でマントラを唱える人たち。
観光客はおらず祈りを捧げる地元の人たちに混ざり座りました。
私が知ってるマントラはごく一部、一緒に唱えることはできないので目を閉じてそこに自分の身を置きました。
祈りの儀式見て、聞いてる中で色々な感情が溢れ出してきます。
とにかくこの地に来られて本当に良かったなと思いながら
感謝の気持ちを捧げました。
1時間ほどのプージャが終わり目を開けると真っ暗だった外は明るくなっており、
よく分からない日本人に笑顔を見せてくれるインド人のお母さんに囲まれていました。
外でお祈りに参加した印をおでこに押してもらいその場を後にしました。
英語がそこまで堪能でない私がインド人のお友達たちと最初仲良くなり始めた時、ヨガは共通ワードでした。
何年練習してる、どんな流派だ、アーサナ名などでコミュニケーションを取り。
次に幾つかのマントラを知っていたことでも更に意気投合。
「これ知ってるよ!」「これ唱えてみて!」
サンスクリット語という不思議な共通言語により互いの理解を深めた気もします。
11月後半、谷戸先生が主催する南インドのリトリートに参加するのですが、現地のアシュラムで唱えるため新しいマントラを練習することになりました。
谷戸先生からもレクチャーを受けているのですが、インド人友達に知ってるか聞くともちろん知ってるとのこと。さすが👏
幾つか発音の方法を教えてもらいましたがこれがめちゃ難しい><
舌の使い方が違うので本物のインド人の発音は日本人にはかなり難しかったです。
彼らを含めアシュラムに居た人たちは沢山のマントラを唱えることができ、祈りは生活の一部のようです。
どんな風にそうなったのか聞くと、
まずマントラは子供の頃からお母さんやお婆ちゃん、家族の方から教えて貰って覚えたそうです。(へー!👀)
そしてサンスクリット語は学校の科目で勉強したそうです。
聖典の勉強はどこでしたのかな?そういえば聞いてないな。笑
ちなみに前回川の上流に行った時大きなVEDAの大学がありました。
祈りと密接な関係にあるインド。
特にこのリシケシという場所だからこそ、それは他の地よりも強い気がします。
インド人のどれくらいの人がこれを知っているのか聞いてみました。
まず、ラーマーヤナなどのインド神話を知っているのは全体の60%くらい。
私や私の先生が学び、前回のWSでお話しして頂いた「VEDA」については全体の30%くらいだそうです。(へー!👀)
私では説明できませんが、VEDAとヒンドゥー教は違いがあるかと思います。
日本にいると「祈る」というと神社やお寺での願掛けになりますが、
それは祈りではなく「お願いごと」と言われます。
本当の意味での
自分の幸せ、周りの人の幸せ、世界中の全てのものの幸せ
それを祈ることをVEDAでは教わっています。
町中が動物園
インドの町に牛がいることは皆さんご存知ですか?
インドでの牛は神様です。
人間と同じように牛がいます。
そして犬も。猿も。猫も少し。
日本だったら野良猫だけは見かけて「かわいいなぁ」という感じですよね。
以前滞在していたマイソールでも牛や犬は見ていたので慣れっこですが、なんだろう。
リシケシの牛や動物たち、マイソールに比べて穏やかなんです。
マイソールでも特に攻撃されたことはありませんが。
夜になると犬同士が喧嘩してる声が聞こえて眠れなかったことはありました。笑
リシケシでは夜の喧嘩もありません。
牛も犬も猿も、そこら中にいるので臭いときは臭いです。
牛の糞も踏まないように注意しなければなりません。
その点では日本人からすると「汚い」と感じるのが正直な気持ちです。
でも、同時に可愛くも感じます。
特に愛犬家の私なので、犬はめちゃくちゃ可愛いです。
犬も牛も人間に対して警戒心がありません。
だって誰も攻撃しないから。
歩いている犬はスキップしているように見えますし、寄ってきて匂いを嗅いで「何かないの?」と言わんばかりに見つめてきます。
たまに食べきれなかったものやその辺で買ったパンやバナナを犬や牛にあげてみたりしています。
牛に二つのパンをあげている途中で食べなくなって「もういらない」様子。
動物はお腹が満たされれば必要以上に食べません。
二つのパンを全てあげても「もっと頂戴」とペロリと舐めてきたり。
この前はお母さんが牛にチャパティとバナナをあげていました。
近寄って見ていると「この子妊娠してるのよ」と確かに大きなお腹。
お母さんに撫でられて気持ちいい様子の牛さんでした。
他にも犬が服屋さんの前に顔を出し外からお店を覗いていました。
するとカウンターに座ってたおじさんがパンをその犬に向かって投げました。
パンを咥えて立ち去っていくそのワンコ。
きっといつも貰っているんだろうなと微笑ましい風景。
そうやってご飯を動物たちにあげることもありますし、
飲食店や家庭で出た野菜やフードロスと呼ばれるようなものも
動物達の元へ行ってるんじゃないかなとも思います。
そして汚いと感じる牛の糞だって、畑の肥料や家の壁を作るのに使われたりするそうです。ここでも循環。
いつかの夜、ホテルのテラスが猿ファミリーに占拠されたことがありました。笑
ホテルのスタッフに気をつけて~とは言われながらも誰も過度に追い払ったりはしません。
猿も防衛反応がありますし、人間も襲われたくはありません。
なので近くを通るときは棒で「カンカンカーン」と音を出して追い払いそこを通って行ってました。
犬・牛は平気そうですが猿はたまに襲ってくることがあるのかお互いにいい距離を保って生活しているようです。
だって、地球は人間だけのものではないんだから。
そんなこと当たり前のことですが、日本にいれば忘れがちです。
人間のための生活しやすい環境、人間のための食用家畜、人間のための動物の処分
生活しやすい環境が整っているのは素晴らしいことです。
でも動物や自然との調和は忘れてはいけない大事な部分かなと感じます。
全ての生きとし生けるものが幸せでありますように。
ではまた。
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